60年代洋楽クリスマスソング

60年代の洋楽クリスマスソングを集めてみました。

Jinglebell Rock Bobby Helms
この曲は映画ダイハードの最後のほうにかかっていた記憶があります。オリジナルかどうかはわかりませんが、クリスマスらしい明るい曲です。

Silent Night 7 O’clock News Simon&garfunkel
S&Gの美しいハーモニーの後ろで殺伐とした内容のニュースが流れるという反戦的なクリスマスソングです。

The Christmas Song – Nat King Cole
ナット・キング・コールはジャズピアニストで歌手で、ナッキンコールと呼んだほうがぴったりきます。有名な「スターダスト」もナッキンコールの歌が定番です。個人的にはシャボン玉ホリデーのザ・ピーナッツの印象のほうが強いですが。

White Christmas Bing Crosby
この曲は1942年に発表されてから62年まで毎年チャートインしています。63年から72年までホワイト・クリスマスはチャートの対象外にするという理不尽な規定ができたので記録は途切れていますが、日本で言えば山下達郎のクリスマス・イブのようなスタンダードナンバーです。

Tレックス

Tレックスを聞こうと思った理由は単純でした。当時サイモンとガーファンクルが好きだったので男性デュオのようなので聞いてみようと思ったからです。当時洋楽の情報は今ほどなかったのでアルバムを買うのは命がけです。中高生のお小遣いの大半を占める金額を聴いたこともないバンドのLPレコードに注ぎ込むことになるからです。Tレックスは見事に失敗しました。

S&Gの系統とは似ても似つかない変な声のボーカルで、男性デュオとは言いがたいものでした。唯一何とか聴ける曲はイギリスで1位になったという「Ride A White Swan」だけでした。アルバムのタイトルも覚えていません。

しかしその後Tレックスはグラムロックとしてブレイクします。変な声も慣れてくると魅力に変わってくるようで、その後のヒット曲は痛い目にあった割には好きになりました。

20th Century Boy Get It On Telegram Sam Children Of The Revolution

Tレックスはグラムロックを呼ばれていますが、純粋なロックンロールです。見た目にだまされてはいけません。Tレックスのコンサートにポールサイモンが観客として見に行って踊りまくっていたという逸話もあります。今でもCMや映画の主題歌に使われるくらい普遍的なロックなのです。

シールズ&クロフツ サマーブリーズ

シールズ&クロフツは男性デュオで70年代に活躍しています。S&Gが好きだったせいか男性デュオに興味があり、シールズ&クロフツもよく聞いていました。

サマーブリーズ」はタイトルどおりさわやかなハーモニーを聞かせる曲で最大のヒットとなりました。ほかにも「ハミングバード」もいい曲です。

日本では狩人、ケミストリー、ビリーバンバンくらいしか思い浮かばない男性デュオですが、海外では意外に有名なバンドが多いのが不思議です。サイモン&ガーファンクルをはじめ、ホール&オーツ、ロギンス&メッシーナ、T.レックス(少しパターンが違いますが)、ワム!、ペットショップボーイズ、ほかにもまだありそうです。

男性デュオ好きのあまりマイナーなアルバムまで買っていた記憶があります。チャド&ジェレミーというデュオですが、まだレコードが2枚残っています。YouTubeでは映像が残っていましたが、持っているアルバムには収められていない曲でした。「Distant Shores

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ビートルズ レットイットビー

「レットイットビー」はビートルズ最後のアルバムタイトルであり、映画でもあり大ヒットしたアルバムタイトル曲でもあります。このアルバムをリアルタイムで聞くことができたのは大変ラッキーなことです。

実は当時ビートルズよりはサイモン&ガーファンクルに夢中でしたが、「明日に架ける橋」とほぼ同時期に「レットイットビー」「ロングアンドワインディングロード」というピアノをメインとした名曲が発表されたことには何か運命的なものを感じます。

S&Gの「パンキーのジレンマ」という曲の歌詞に「ケロッグのコーンフレーク」が出てきますが、これがビートルズの「アイアムザウォルラス」の歌詞(Sitting on a cornflake)に影響を与えたという人もいたくらいお互いに影響はあったのかもしれません。

アルバム「レットイットビー」は映画のサウンドトラックという形式で製作されていて、映画はアルバムのレコーディング風景を映しているドキュメンタリーとなっています。アビーロードよりも先に録音されていたようです。

レコーディングの様子はレットイットビーの歌詞に集約されているのかもしれません。映画を見てわかるようにばらばらになったメンバーに悩んでいたポールマッカートニーの夢に母親のメアリーが現れ「なすがままにしなさい(Let It Be)」と言ったのがきっかけでできた曲と言われています。しかし、なすがままにした結果、解散してしまいますが。

リンゴスターとジョージハリソンは仲がよさそうで、特にリンゴスターはジョンレノンとポールマッカートニーの仲の悪さには関係なくひょうひょうとしていて映画の中でも唯一の救いとなっています。

トゥーオブアス」「ゲットバック」も好きな曲です。今ではストリートライブは珍しくありませんが当時「ゲットバック」を屋上で演奏したことは日本でもニュースで流れました。日本TV系列の「国際ニュース」でしたが、演奏風景がニュースとして流れたミュージシャンは他にいるのでしょうか。

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ポールサイモン ひとりごと

解散後2枚目のソロアルバム「ひとりごと」もすばらしい出来栄えでした。特にS&G時代の名曲「アメリカ」の続編のような「アメリカの歌」は感動的です。ユダヤ人という移民であるせいかポールサイモンの曲にはアメリカをテーマにした曲が多く、「ニューヨークの少年」なども、テロ事件後には違った解釈で歌われていたようです。

僕のコダクローム」は青空の映ったカラー写真を思わせる明るい曲で、歌詞の中に日本のカメラメーカー(ニコン)の名前も出てきます。発音はナイコンといっていますが、日本公演のステージではわざわざ「ニコンキャメラ」と歌いなおしてくれました。

74年の武道館での公演には親に頼み込んで学校をサボって見に行きました。なぜかポールサイモンの弟もギタリストとして公演に参加していました。ちょうど旧国鉄がストライキをしていて、すぐ帰る予定が1週間も帰れなくなった記憶があります。どうせ帰れないからと、次の日のチケットも買って2回も見てしまいました。

学校に戻った時に、担任に起こられるかと思いましたが、理由を聞く前に「風邪だな!」の一言で終ってしまいました。おおらかな時代でした。

そういえば大学時代のバンド名は「マルディグラ」でした。

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