亡くなったミュージシャン

若くして亡くなったミュージシャンは大勢いますが、60年代などは薬物で亡くなってしまったミュージシャンが多いようです。ジャニス・ジョプリンもそのひとりです。白人おブルースシンガーといった曲が多いのですが、「ジャニスの祈り」を最初に聞いた時の迫力は忘れることができません。

ドアーズのジム・モリソンも薬物で亡くなったひとりですが、最後のアルバムを買った時にはあまり太っていてびっくりした記憶があります。最後のアルバムからは「Love Her Madly」がヒットしましたが、ホラー映画かサスペンス映画を思わせる「Riders On The Storm」も好きな曲です。

アメリカは広いので自家用飛行機で移動するミュージシャンも多く、飛行機事故で亡くなった人もいます。ジムクローチもそのひとりです。ヒット曲も多く生きていたらもっと多くの名曲を残したかもしれません。「リロイブラウンは悪い奴」という曲が有名ですが、この曲ですっかりリロイブラウンと言う名前は悪い奴というイメージが定着したのか、映画クロコダイルダンディにもリロイブラウンとという名前の登場人物がいて曲をもじった話をしていました。

その他にも「オペレーター」「アイ・ガット・ア・ネーム」「タイム・イン・ア・ボトル」など名曲があります。

チェイスはバンドの大半が飛行機事故でなくなっています。今でもよく聞く「黒い炎」ハイトーンのトランペットが流行するきっかけになりました。アルバムの最初の曲「Ope Up Wide」もマーチングバンドの曲として使われているようですが、イントロから驚異のハイトーンを聞くことができます。

まだまだ若くして亡くなったミュージシャンは沢山いますが、それぞれ代表曲が歌い継がれたり聴き継がれたりしているのはミュージシャン冥利につきるでしょう。

シカゴⅡ-シカゴと23の誓い

シカゴの2枚目のアルバムは2枚組みで正式なアルバムタイトルは「Chicago」です。トランジット・オーソリティーが取れた最初のアルバムですが、通称でChicagoⅡと呼ばれています。アルバムタイトルに正式に数字が入るようになったのはⅢからになります。

ん外夜が最もヒットした曲で後にリメイクして再度アルバムに収録されています。このアルバムの発表が1970年ですが確か15年後くらいにリメイクされたはずです。記憶ではChicagoⅧだったような気がします。TOTOのファーレンハイトというアルバムと一緒に買った記憶があります。

サイド 1
1. ぼくらは何処へ – “Movin’ In”
2. ぼくらの道 – “The Road”
3. ぼくらの詩 – “Poem for the People”
4. ぼくらの国 – “In the Country”

サイド 2
1. 朝日よ輝け – “Wake Up Sunshine”
2. バレエ・フォー・ア・ガール・イン・バキャノン – “Ballet for a Girl in Buchannon”
1. ぼくらに微笑みを – “Make Me Smile”
2. 言いたいことが沢山 – “So Much to Say, So Much to Give”
3. 不安の日々 – “Anxiety’s Moment”
4. ウェスト・ヴァージニアの幻想 – “West Virginia Fantasies”
5. ぼくらの世界をバラ色に – “Colour My World”
6. 今こそ自由を – “To Be Free”
7. 愛は限りなく - “Now More Than Ever”

サイド 3
1. 空想の色 – “Fancy Colours”
2. 長い夜 – “25 or 6 to 4
3. 愛の記憶 – “Memories of Love”
1. 夜明けのプレリュード – “Prelude”
2. 朝の祈り – “A.M. Mourning”
3. 午後の祈り – “P.M. Mourning”
4. 愛の記憶 – “Memories of Love”

サイド 4
1. 栄光への旅路 – “It Better End Soon”
1. 第1楽章 – “1st Movement”
2. 第2楽章 – “2nd Movement”
3. 第3楽章 – “3rd Movement”
4. 第4楽章 – “4th Movement”
2. 約束の地へ – “Where Do We Go From Here”

シカゴ・トランジット・オーソリティー シカゴの軌跡

シカゴはブラスロックの代表的なバンドで1969年にデビューし、当初のバンド名はシカゴ・トランジット・オーソリティー(シカゴ交通局)だったが、交通局からの苦情でシカゴにバンド名を変更したという逸話がある。デビューアルバムが発表されたころは中学生だったが、BST、チェイスとともにブラスロックにハマった記憶がある。

サイド 1
1. イントロダクション – “Introduction”
2. いったい現実を把握している者はいるだろか? – “Does Anybody Really Know What Time It Is?”
3. ビギニングス – “Beginnings”
サイド 2
1. クエスチョンズ67/68 – “Questions 67 and 68″
2. リッスン – “Listen”
3. ポエム58 – “Poem 58″
サイド 3
1. フリー・フォーム・ギター – “Free Form Guitar”
2. サウス・カリフォルニア・パープルズ – “South California Purples”
3. アイム・ア・マン – “I’m A Man”
サイド 4
1. 1968年8月29日シカゴ、民主党大会 – “Prologue, August 29, 1968″
2. 流血の日(1968年8月29日) – “Someday (August 29, 1968)”
3. 解散 – “Liberation”

曲のタイトルからも政治的な曲が多く、最も有名なのは「サタデイ・イン・ザ・パーク」でマクガバンが大統領候補になって旋風を巻き起こしたときの曲だ。結局大統領に離れなかったが、サイモンとガーファンクルも支援コンサートに参加するなど多くのミュージシャンが支持していた。

ブラッド、スウェット&ティアーズ 血と汗と涙

MT4が使いにくかったのでワードプレスに移植しました。何とか以前の投稿のURLを変えずに移植できたのでインデックスを無駄にしないですみました。プラグインを取り込んで作ったサイトマップを見ていたらブラスロックのカテゴリーが寂しかったのでしばらくブラスロックの紹介をしたいと思います。

ブラッド、スウェット&ティアーズは最初のアルバムではアル・クーパーがボーカルでしたが、2枚目からデビッド・クレイトン・トーマスに代わり有名になりました。このへんはシド・バレットが抜けたピンクフロイドと少しダブります。デビッドクレイトントーマスの前職は木こりで、太い腕と声が印象的でした。オノで切っていたわけではないと思いますが。

2枚目のアルバムはバンド名と同じで邦題も直訳の「血と汗と涙」でした。ヒット曲も多く最も売れたアルバムでした。

1. エリック・サティの主題による変奏曲(第1楽章、第2楽章)
2. 微笑みの研究
3. サムタイムズ・イン・ウィンター
4. モア・アンド・モア
5. アンド・ホエン・アイ・ダイ
6. 神よ祝福を
7. スピニング・ホイール
8. ユーヴ・メイド・ミー・ソー・ヴェリー・ハッピー
9. ブルース・パート2
10. エリック・サティの主題による変奏曲(第1楽章)

チェイス 黒い炎

チェイスはメンバーの大半が飛行機事故で一度に死亡するという悲劇のロックバンドです。いわゆるブラスロックのジャンルに属するチェイスは、BSTやシカゴと並んで将来を期待されていました。

 チェイスのホーンセクションはBSTやシカゴとは明らかに違う特徴を備えていました。ホーンセクションがトランペット4本のみで、ハイトーンのため吹いてる人は血管が切れてるんではないかと思えるほどの高音トランペットです。

 そのためBSTやシカゴには重みがある曲が多かったのですが、チェイスはとにかく鋭いという印象の曲が多く、今で言うとテンションがあがりっぱなしの状態という感じでした。

 チェイスが有名になったおかげでハイトーンがふけないトランペッターには仕事が回らなかったという話があったくらいでした。そのチェイスを一躍有名にしたのが「Get It On(黒い炎)」でした。Tレックスにも同名の曲がありましたが、すでにチェイスの曲が有名になっていたため、アメリカでのタイトルは「Bang A Gong」に変更されたという逸話があります。

 個人的には「Open Up Wide」という曲がチェイスの特徴を一番表しているような気がします。4本のトランペットが追いかけあうような疾走感あふれる曲です。