ビージーズ 1910フルーツガムカンパニー

ビージーズはバリー、ロビン、モーリスのギブ3兄弟で活動していましたが、モーリスギブは2003年に亡くなっています。生まれはイギリスで移住先のオーストラリアで活動を始めましたが、後にイギリスへ里帰りして活動を続けます。オーストラリア時代のヒット曲はスピックスアンドスペックスで映画「小さな恋のメロディー」の挿入歌にもなっています。(運動会のシーン)

イギリスに戻ってからはヒット曲を出し続け、一気にメジャーなグループとなりました。ニューヨーク炭鉱の悲劇マサチューセッツトゥラブサムバディホリデイ獄中の手紙ジョークなどのヒットがありますがどれも今でもメロディーを覚えています。71年に公開された映画「小さな恋のメロディ」はビージーズ初期の集大成のような感じがします。テーマ曲メロディフェアや若葉の頃などメロディアスな曲が挿入された映画で、この映画は当時中学校の映画教室で見た記憶があります。(年1回学校全体で映画を見るシステムがあって、「ナバロンの要塞」や「ミクロの決死圏」も見た記憶があります)

このあとしばらくヒット曲は出なかったように記憶していますが、いつの間にかアメリカに移住していたようで、楽性がだいぶ変わり、ファルセットを強調したボーカルを中心としたダンスミュージックになってしまいました。映画「サタデーナイトフィーバー」で一気に頂点に上りつめた感がありますが、じつは個人的にはダンスミュージックが苦手で(ダンスが苦手だったからかも)、この頃のビージーズはあまり好きになれず現在に至っています。(ケニーロギンスもロギンス&メッシーナの頃は好きだったんですが、フットルースの頃はあまり好きではない)

1910ルーツガムカンパニーはバブルガムミュージックと呼ばれていたジャンルの代表格で、チューングガムをかみながら気楽に歌える曲というような意味からできたジャンルのようです。ポップでわかりやすいメロディーで何も考えずに口ずさむという感じです。サイモンセッズは手を上げたり下げたりするゲームみたいな内容の曲で、子供番組でもやっていてびっくりしました。インディアンギヴァーという曲もあるんですがこれはいったん人にあげた物を「やっぱり返して」と言う人のことのようです。インディアンサマーという言葉もありますが、これもやはり偽りの夏(日本では小春日和)と言う意味で、夏でもないのに暑い日のこといいます。こうしてみると「インディアン」というのはうそつきの代名詞で使われている事が多いようです(インディアン嘘つかないというのはうそ?)。

当時言っていたスケート場は市営でしたが狭くて氷はびしょびしょで状態はよくなかったのですが、ジュークボックスが設置されていたのを記憶しています。小学校の頃このスケート場に行って、ジュークボックスでグループサウンズや、フルーツガムカンパニーの曲を聞いた思い出があります。小学生ではレコードプレイヤーも持っていなかったので、自分の好きな曲を聴ける唯一の置でした。

フルーツガムカンパニーの曲はまだ好きなのがあって1,2,3レッドライトや後期のトレインなんかも好きでした。基本的にポップな曲がすきになったのは、このバブルガムミュージックの影響が大きいように思います。後にプログレッシブロックにハマっていくんですが、ポップすぎて不評だったエイジアが好きだったルーツはこの辺にあるのでしょう。

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カテゴリー: 60年代ポップス&ロック   タグ: , , , ,   この投稿のパーマリンク