自分はいったいどんな音楽が好きだったんだろうと考えた時、亡くなった母親がよく「小さい頃はよくゆーじろう、ゆーじろうと言ってたね」と言っていたのを思い出します。
もちろん石原裕次郎のことですが、幼稚園かその前の話なので自分ではよく覚えていません。(45年も前だ!)
当時はラジオの時代で、歌謡曲全盛だったので一番流れていた石原裕次郎が好きだったんでしょう。
自分が記憶している中で一番最初の音楽的ヒーローは加山雄三ですね。当時は加山雄三とグループサウンズが大流行でした。グループサウンズは別ページでやりたいと思いますので、今日は加山雄三の記憶をたどってみたいと思います。
加山雄三を最初に好きになったのはたぶん映画「エレキの若大将」だったと思います。当時の映画は2本立て、3本立てが多く今よりずっとお得でした。この映画もゴジラの映画と2本立てでした。考えみるとゴジラ映画と加山雄三の組み合わせというのもすごいですね。
TVでも加山雄三はよく歌番組に出ていて、特集なんかもありました。加山雄三の特集番組がある日に、小学校が終わってすぐ走って家に帰ったのを記憶しています。
当時はどっぷり加山雄三とグループサウンズにハマっていましたので、加山雄三がコンサートに来た時は、小学生のくせに友達と見に行きました。料金はいまだに覚えていますが500円でした。しかもゲストが奥村チヨという豪華な?組み合わせでした。近所の市立体育館(!)でコンサートをやったんですが、更新て見たのを覚えてます。私の住んでるところは県庁所在地ですが、都心部とは程遠い環境で、まして40年前の話なので、コンサートに来る有名人はアダモ、ベンチャーズくらいしかいませんでした(アダモステじゃないです)。高校くらいの時にはサンタナやスリードッグナイトもきましたが、当時人気が絶頂だった加山雄三が来ること自体奇跡のようでした。(でももしかするとすでに下り坂だったのかもしれません)
加山雄三と一緒に演奏していたバンドがいくつかありますが、「エレキの若大将」にも出てた寺内タケシとブルージーンズ、ランチャーズが記憶に残ってます。寺内タケシはギターのテクニックで有名ですが加山雄三もかりのテクニックを持っています。ランチャーズと一緒に演奏しているインストゥルメンタルの曲ブラックサンドビーチは今聞いてもかっこいいです。
当時の最大の問題は家にレコードプレイヤーがなかったことです。音楽的には最悪の環境で、小さいプレイヤーとテープレコーダーを買ってもらったのは中学校になってから、高校になってから大きいステレオを入学祝いに買ってもらったという状況でした。当然音楽を何回も聞くという環境にないので、テレビ・ラジオが貴重な音源でした。もちろんビデオもない時代なので普段動く歌手を見れるのはテレビだけで、洋楽はほとんど音と写真の世界でした。 そういうわけでレビは今に比べて音楽番組がずっと多かったですね。ロッテ歌のアルバムが一番記憶に残ってます。
肝心の加山雄三の曲ですが、個人的にはどの曲が好きになるというより歌手やバンドそのものが好きになるタイプなので、好きな人が歌っている・演奏しているものは基本的にすべて好きになります。だから好きになった歌手・バンドの聞いたことがない曲を聞きたくなるタイプです。だから「曲もすべて含んだ加山雄三」が好きという表現になります。
こうゆうことになったのはやはり前にも書いたように当時の状況から音楽に対する飢餓感があって、聞けるものはすべて聞いてみたい、その人に関する情はすべて取り込みたいという欲求があったのではないかと勝手に推測してます。この傾向はずっと続いて中学校ではサイモンとガーファンクルが好きになりましたが、全曲歌詞を暗記して歌えるくらいまでハマりました。おかげで英語も好きになりギターも少し弾けるようになりましたが。
この飢餓感というのはこの時代特有のものであるかもしれません。今はiPodであらゆる音楽をダウンロードでき、DVDで動き回るプレイヤーを見ることができますから。どちらがいいかというともちろん今の方がずっといいに決まってます。iPodと携帯電話のある時代で青春を過ごしたかったなぁ(T_T) しかし、幸か不幸か一つのことを徹底的に追及するという精神を授かったことは人生に少しはは役立っている(と思いたい)
ところが性格的なものだと思いますが、一度ハマっても時期が来るとすっかり冷めてしまったりします。というわけで加山雄三は小学校時代だけのものですが、たまに思い出して聞きたくなったり、見たくなったりします。還暦祝いのトリビュートが出た時も思わず買ってしまいました。やはり今の時代でよかった。いつでもどんなものでもほとんどCD,DVDで聞いたり見たりできる時代ですから。
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